BR:「おくのほそ道」(全) : 現代語訳
■ Book Review
タイトル:おくのほそ道(全)
著 者:角川書店 編 (執筆担当:武田友宏)
出版社:角川書店 (角川ソフィア文庫:ビギナーズ・クラシックス)
一般に古典と言われるものは、学生時代に名前を覚えさせられただけで、実際に読むことは(私の場合…)少ないものですが、それというのも、特に日本の古典の場合、外国文学ならば(表紙を漫画家に依頼してまで)適宜新訳本が刊行されるのに、日本文学の方は現代語訳がなかなか出版されないという事情もあると思います。
同じ日本語と言っても、明治以降の言文一致運動の後のものならまだしも、江戸時代以前の文章を現代人に気軽に読めといわれても無理な話です。
しかし、角川ソフィア文庫ではビギナーズ・クラシックスと銘打って、初心者向けの現代語訳をシリーズで刊行していて、とても便利です。今回の「おくのほそ道」現代語全訳もその一冊です。
本書では句に読まれた植物や道具、地図などの図版も多く、現代語訳だけ読んでいても全体像が把握できるし、原文にはもれなく読み仮名が付いているので、読み進むのにストレスがなくて済み、旅行ガイドとしても利用できるので便利だと思います。
「おくの~」という名前から、奥州地方だけを連想しますが、実際は、松尾芭蕉が元禄二年三月に弟子の曾良とともに出発し、奥羽から北陸各地の名所旧跡を回り、最後は岐阜の大垣まで、約半年間の旅を記したものです。
もっとも、几帳面な曾良の旅記録と研究者が照らし合わせた結果、芭蕉の「おくのほそ道」は創作の部分もかなりあるそうですが、俳句の紀行文学として面白いことに変わりありません。
また、行く先々で既に高名だった(マスコミの無い時代なのにすごいことだと思う)芭蕉を慕って俳句を趣味とする人々が集まって来ることが多く、芭蕉や地元の弟子たちが連句会や俳句指導の会を催していて、社会が安定した江戸時代、既に日本中でかなり庶民に近い人々が俳句のような文化活動に親しんでいたことが読みとれて興味深いです。
それに、二人の立ち寄り先を見ると日光、那須温泉、白河の関、松島、石巻、平泉、出羽三山、金沢、敦賀などなど、現在でも有名な名所が多く、芭蕉の旅行のあとを回って見るのも面白いかもしれません。
本書では巻末に芭蕉の旅程図や立ち寄り先の最寄り駅一覧、参考資料情報がまとめて掲載されています。
最近は鉄ちゃん・鉄子と呼ばれる鉄道マニア(写真鉄ちゃんや旅行鉄ちゃんなど楽しみ方もいろいろある)が話題になってますが、「おくのほそ道」では、終点が「大垣」というところに、感じるところがある人も多いことでしょう。
というのも、JR東京発-大垣行列車(大垣夜行)といえば、青春18切符(期間限定のJR普通・快速列車1日乗り放題切符)を利用する貧乏学生や在来線ファンには知らぬ人の無い夜行快速列車だからです。
安価な長距離高速バスなどが増えたので、現在(2009年3月以降)は、臨時列車扱い(”ムーンライトながら”・全車指定席)になっていますが、運行期間はちょうど18切符の時期(概ね学生の春・夏・冬休みの期間)に合わせられているので、大人でも盆暮正月には18切符で利用できます。
もちろん、東京―大垣は東海道線なので、芭蕉の足跡とは関係ありませんが、18切符を使って在来線で東北から日本海側を回って大垣へ至るルートを乗りつぶしてみるのも面白いかと思います(私は、中央線回りで新宿―高松や廃止直前の青函連絡船を利用して上野-函館の区間なら学生時代に制覇しました。死ぬかと思ったけど)。
宮城県遠田郡美里町の小牛田駅から山形県新庄市の新庄駅までを結ぶJR東日本の「奥の細道湯けむりライン:陸羽東線(りくうとうせん)」というのもあり、地元でも観光振興に利用しているようです。
なお、芭蕉の出身が伊賀だったり、大変な健脚ぶりから「芭蕉忍者説」があり、本書でも触れられていますが、他にも、「芭蕉は生涯独身だったか」「曾良も詳細不明な旅が多く彼の人生にも謎が多い」など、いろいろ興味をひかれる話が載っていて、飽きのこない内容です。
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