新刊紹介 : 「息子がドイツの徴兵制から学んだこと」
我が国のアナクロさんが期待するようなことは、あまり出てきません。
「息子がドイツの徴兵制から学んだこと」(祥伝社新書 780円+税)
ドイツ人男性と結婚してドイツで息子を育てた日本人女性の、息子さんを現在のドイツ連邦軍へ兵役に行かせた時の体験記です。
日本ではあいもかわらず「ナチスのドイツ国防軍(Wehrmacht/ヴェーア・マハト)」の本なら山のようにありますが(「趣味」のコーナーにね)、現在の「ドイツ連邦軍(Bundeswehr/ブンデス・ヴェーア)」に関するものは、非常に少ないです。
その意味でも本書は貴重なレポート。息子さんが受けた訓練内容や鍛えられて立派になっていく様子が興味深いです。
著者自身は、戦後日本の平和ボケと軟弱ぶり、他国任せの安全保障政策を相当嘆いてはおられます(他方、日本語ではあまり問題にならないでしょうが、本来は結構デリケートな問題である現代ドイツ軍の呼称を「国防軍」と連発している)。
ただし、だからといって、「(特高警察がいたような)明治憲法時代が懐かしい」「(西)ドイツは憲法を何回も改正しているのに日本は…」などと安直に懐古趣味に走る「官僚統制」大好きな方々が期待するような事実は(当たり前ですが)ほとんどでてきません。
ドイツでは、ナチスやヒトラーに対する反発はありますが、軍部が暴走したわけではないので、「軍アレルギー」はなく、とはいえ、大戦時の非人道的行為に対する反省から、現在では徴兵があった時でも「良心的兵役拒否」が認められ、「抗命権」も認められています(日本には徴兵制はありませんが、抗命権もありません)。この本では出てきませんが、兵士の人権を守るための公の組織もあるそうです(ドイツ国会の「軍事オンブズマン制度」など。自衛隊にも「防衛監察本部」がありますが、どちらかというと、汚職や情報漏洩などの不祥事防止が主目的のようです)。
つまり、兵士は市民・国民が制服を着て職務に付いているだけであって「隔離された集団」ではないからです。
我が国の某政党やらの憲法草案のように「集団で危険な仕事する兵隊の人権は、はじめっから制限を憲法に明記」して、社会から隔離しようか、などという考え(時代に逆行する、およそ正常な頭脳とは思えない考えですな)とは対極にあります。
実のところ、「あくまで同じ国民の組織」という考えは現在の自衛隊もそうなのですが、「国防軍昇格」の暁には「一般人と軍人は違う」ようにしたいというアホ、もといアナクロ勢力の考えは「官尊民卑」思考の変形であって、完全な時代錯誤。これでは国防軍誕生と同時に納税者から「反軍・反政府運動」が芽生えることでしょう。また、「人権まで制限された危険な職業」である「国防軍人」を志願するのは結果的に「他に仕事のない人」ばかりになって兵士の質は極端に低下。社会の吹き溜まりと化す。治安は悪くなるばっかりですね。
また、現代のドイツ軍兵士は「私は、ドイツ連邦共和国に誠実に務め、ドイツ国民の自由と権利のために勇敢に国を防衛します」といった意味の宣誓をするそうです。さらに、かつての首相ヘルムート・シュミット氏は兵士らに対し、式典で「この国はあなたたちの信頼を悪用しません」と述べたとか。
著者は、日本も早く、若者が同様の宣誓をするような自立した国家になるべきだとお考えのようです。
といっても、日本の政治家や官僚は「国民の自由と権利」自体が大嫌い(好きなのは、旧ソ連や中共のような国家統制。資本主義と言ってもお好きなのは「国家資本主義」。自分らは現憲法が保障する「自由」を目一杯満喫しているが、実は「自由主義」が本音では大嫌い。赤い旗の代わりに菊マークの旗を振ってるだけ。これでアメリカとは未だに「反共同盟」のつもりでいる。バカなの?)なので、とてもEUの主要国でもあるドイツのようにはいかないでしょう。
(「新日本国防軍」がなし崩し的にできたら、たぶん宣誓文の内容の意味は大体こうなる・・・「私は国のためにすべてを捧げます」。「国」とは国家国民でなくて「政府」のこと。「国民のために」の文言は絶対に入らず、ただ兵士に犠牲だけを求めることでしょう。要するに「兵隊は死ね」ってこと。納税者や国民は置いてけぼり。「国防」より「治安」重視の、存在意義が不明の組織となる。ま、今の中共の「人民解放軍」みたいになっちゃうかな)
日本では、政党名に「自由」の語をつけていても、憲法改正草案で「個人の尊重」も「国民の自由」の語も完全に削って「国家が兵士の信頼を悪用しない」どころか「憲法」に「兵士(や公務員)の人権は制限する」とわざわざ明記したがる連中。現行憲法も尊重しないと公言するのだから恐れ入ります(こう指摘すると「いや東洋の日本と欧米は価値観が違うから」と屁理屈を言い出す。どう違うかは不明ですが。
そもそも、「成文憲法」や「民族国家」の考え方自体が西洋発祥。近代民族国家の誕生は、日本の一部政治家が嫌いな「自由・平等・博愛」がスローガンの「フランス革命」による。これではじめて、国家による「国民の徴兵」が可能となった。
また、ナポレオンの一番の自慢も「ナポレオン法典」を整備したこと。フランス革命以前では、民族より宗教や階級の違いの方が重要。日本人の場合なら明治以前は「日本国」よりも各藩の家中の主従関係や地域村落の共同体が最重要。江戸時代にもどりたいのかね?)。ドイツとは政治状況が全く違います。まして改正の回数など関係ありません。
(そもそも、改憲の方向性がドイツは「人権の拡大」であって、日本の全体主義的復古型“秩序”至上主義の「草案」を作る連中とは全く逆。“秩序を乱す”って暴動みたいなことしか連想しない人もいるでしょうが、強権国家主義者の考えは、政府や役人の意に反することは全て“秩序を乱す行為”。例えば政府のトンチンカンな経済政策を批判しただけでも“経済秩序を混乱させた”→“国家に害を与えた”で逮捕、とこうなるわけ。大陸中国がそうでしょ。“公共の福祉”の概念とは全く違います!)
現在の日本の周辺国は、もはや戦後ではなく「戦前の日本」の背中を追いかけているような状況なので、対抗上、強権国家を作って、自分が支配者になりたい(目的はこれ。彼らの“敵”は外国ではなく同胞のはずの日本国民)と思う勢力があるのでしょうが、まさに「反動」ですな。これじゃ暴力団同士の抗争と同レベル。アナクロ懐古趣味で解決することなどないでしょう。まして、「アナクロ」が戦中(の苦労を知っている)派でなく、逆に戦後生まれのそれもオボッチャマというのでは話にならない。まず、自分が「兵役体験」でもすれば? と思います。ワガママな上に、健康状態が不安で全く「使えない」かもしれませんがね。
ちなみに、自衛隊員の入隊の宣誓では「ことに当たっては自らの危険を顧みず」という箇所ばかり強調して紹介されますが、その前段にちゃんと「日本国憲法や法令を遵守し」とあります。
(日本国が「交戦権を放棄」しているとは、要するに、侵略はもちろん、「砲艦外交」みたいなことはしませんよ、という意味。自衛のための国土防衛や国際貢献はもちろん合憲です、と思います)
自分の好きなとこだけ切り取ってわめきたてるのはマスコミよりも、危険な政治家や官僚の常套手段。無限の拡大解釈が可能な「特定秘密保護法案」の運用も、国民が十分に監視していないと、著者が心配するように役人や「自衛隊内の不祥事隠し」もひどくなってしまうのではないかと思います。
こういう現代日本の社会状況を踏まえた上で読めば、なかなか興味深い本です。
参考記事 :
・新刊紹介 : 「臨時軍事費特別会計」(2013.11/17)
*以下にも参加しています。
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