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2014年8月 1日 (金)

昭和を振り返るスタンプラリー

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今年も8月がやって来ました。東京では、先の大戦を振り返り、靖国神社にお参りし、遊就館を見学する方も多いことでしょう。で、あるならば、千鳥ケ淵戦没者墓苑も、そして、近隣にある昭和の生活を振り返る国の施設も同時に見学されることをおすすめします。

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ちょうど、夏休み中は、先の大戦を振り返る国の記念施設3館(九段下の昭和館・しょうけい館、西新宿の平和祈念展示資料館)を巡るスタンプラリーをやっているので、お子さんを連れて回るのも良いかも。3館巡ると記念品がもらえます(下の写真)。

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絵葉書や自由帳、水木しげる先生や戦中派の漫画家の先生が描いたイラストの入ったクリアフォルダなどです。

*昭和館 (九段下の旧・九段会館の隣)

戦中・戦後の国民生活上の労苦 昭和館

*しょうけい館(今上天皇陛下がご訪問されたこともあります)

戦傷病者等が体験した労苦 しょうけい館

*平和祈念展示資料館(これは西新宿)

平和祈念展示資料館

関連記事 : 終戦記念日の靖国神社。(2013.8/15)

もっとも、展示内容が気に入らんとかいいだして、職員や警備員につきまとって迷惑をかける行為は、左右いずれかの思想にかぶれた連中が理屈上は忌み嫌うはずの「社会秩序を乱す」行為に他なりませんので、やめましょう(“クレーマー”とはあなた方のことです)。

施設を見学してどう感じるかは「あなた次第」です。日本は現憲法で個人が尊重される、「自分の頭で考える」ことを推奨される「自由の国」ですので。

*以下にも参加しています。

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「個人主義は西洋の思想」なので「日本には合わない」という、アメリカ人以上に「個人的見解を主張」する「自己主張が強い」という変わった方も時々いますが(「言いたいことも言えない」、彼らの理想のはずの「集団が個人に優越する」世の中になったら、真っ先に「“自分”の考える“国のあり方”とは違う」と言い出して暴力行為に走り、社会を破壊しだすのが実はこういう連中。まさに“危険”ですな。それに「西洋思想」が嫌いな方の理想的国家像が大概は中央集権的なフランスか旧プロイセンみたいな国家。でなければ、対立しているはずの中共のような国家システム)、「西洋思想」を全部否定するなら、「民族国家」「国民国家」「国民軍」「成文憲法」も全部否定して、江戸幕藩体制にでも戻るしかない。こういう「民族で国家を作る」という考えは、「(自国民の)自由・平等・博愛」を旗印に起きたフランス革命あたりで初めて出てきた思想。それ以前は、地域権力や王様の私兵に近い軍隊があるだけ。民族や部族より、社会階級や身分、宗教的連帯が優先するのが”普通”でした。

歴史的に見ても、まず生身の人間集団があり、村や都市をつくり、だんだん発展してきて国になってくるので、抽象的な国が先にあって、国が国民を雇っているわけでないのは自明。ただし、国のトップが自分を「国民のリーダー」と思わず「領地の地主」気分で、税金や労役を「地代・家賃」のつもりで領民に強制していればおかしなことになる。まさに、欧州などでは王族が地元民族と無関係なことが多いから、こういう状況になりやすく、ついに革命に至るわけ(日本だったら、「悪代官」や「よそ者のお殿様」が非道な場合に百姓一揆や打ち壊し)。

いずれにしろ「国家」はまさに国民の住む「家」、あるいは「家族」かもしれないが、「家」はそこに住む住民が自分の幸福のために造るもの。住民は当然、自分の家や家族に尽くすでしょうが、住民が家のために死んで、家だけ残るなんてナンセンス。また、国家が家族だというなら互いを尊重するのも当然で、姨捨山みたいに、家族のために誰か死ねなんて思想は異常だ。ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン。簡単な真理です。「個人を尊重したら社会がバラバラになる」とかいう「個人的主張に固執する」アホがいるが、だったら、日米含め、先進各国はとっくに滅亡してるはずだが、戦後、「自己崩壊」したのは全体主義のソ連の方でした。まさに国内の各集団同士が対立、内部抗争を続けたあげくのことです(これは理屈でなく、現実)。

集団主義・全体主義なんて、グループ・シンク(集団浅慮)主義。皮相浅薄・短慮・拙劣・付和雷同思考の場当たり主義。全員に厳しいようでいて、実は「全員が無責任」主義。運悪く詰め腹を切らされる=生贄にされる者だけが損をする衆愚主義。「人民裁判」と同じで、究極のイジメの世界と同じ構造。予め、はじめから破滅が決定している行き方。まさに「構造的欠陥」。

チームワークは個人が団結するから意味があるので、金太郎飴の集団では烏合の衆にすぎない。ちなみに「自由の国」で「個人主義」のアメリカでは、二言目には「UNITED」とか「UNION」とか言うが、あれが国の強さの源泉でしょう。「国民全員」が「同志」と呼び合うような「全員同じ」とは全く違う。集団競技であるアメリカ発のスポーツの野球とかアメフトとか、その典型。また、ポロとかクリケット、ラグビー、サッカーなどもイギリスとかの団体競技はたいがい欧州発。そういえば、日本発の運動競技は武道系だが、全て「個人競技」ですよね。日本では「集団競技」は全く発達してこなかった。農家では共同作業が多く、江戸時代までは勝手な住所変更も出来なかったから、日本人自身が思い込んでいただけで、実は日本人が「集団主義」になったのは明治以降でありませんかね。むしろ個人志向が強いのに、農村などでは付き合いが煩わしくて反発する人が多かったのでは?)

そもそも、社会で個人間の利害をうまく調整するために、法や掟があるので、この時点で既に「社会の安定化」が図られているのに、その上、権力者の都合の良い用に国民を押さえつければかえって社会が不安定化するのは必然。それに、「個人」を押さえつけても、各人が所属する「集団」や「派閥」もまた無数に存在するのだから、この集団同士が抗争をはじめて、各集団内でいろいろな意見が討議されないなら(カルト宗教団体や暴力団と同じですね)、集団同士の抗争は全く歯止め無しとなり、ついに「社会全体が崩壊」する。

集団主義の弊害、集団同士の抗争を表す言葉だって、よく知られたおなじみのものばかり。すなわち、たこつぼ社会、セクト主義、セクショナリズム、派閥抗争、縦割り行政、省益あって国益なし、コップの中の嵐、井戸の中の蛙大海を知らず・・・。

(ちなみに、最近、自衛隊では「陸海空の統合運用」が本格化していますが、これも、実のところ、幹部自衛官のうち、旧陸海軍出身者が定年でいなくなり、防大出身者が中心になってきて初めて可能となったというのが真相らしいです。いわゆる左翼などの外野の声はほとんど関係なく、つい最近まで戦中のセクト主義が残っていたのです。個々人でどれほど「統合運用」の必要性を痛感する人が部内にいても、旧陸海軍出身者間の仲の悪さは如何ともしがたかった訳。まさに「集団主義」の弊害です。なにしろ、「陸軍潜水艦に海軍戦車」ですからね。そりゃ、戦争に勝てるわけないです。)

実際、そうして戦前の日本では、自分勝手に見境いもなく「私」と「国家」を同一視・一体視する(「アメリカの西部劇」の悪徳保安官と同じ。「オレが法律=俺様が国家なり」と言いたいわけだ。こういう人らは。国家を私物化したいだけの連中)怪しげで危険な即席右翼思想や新興宗教がはびこって、暴力的に周囲に自分の思想を押し付ける者が跋扈し、治安維持法など治安関係法や特高・憲兵隊などの取締機関がやたらにあったのに、軍部クーデターに右翼テロに戦争にと明け暮れて、ついに滅亡。失敗からは教訓を学びませんとね。

逆に、戦後の自由日本は、左翼テロもカルト宗教のテロも被害は出したが、破壊活動防止法すら適用せずに、結局抑えこまれて、治安も社会も世界有数の安定度で経済も発展。にもかかわらず、これで「戦前回帰」したいと主張するなどとは、はっきりいって「危険思想」。これこそ「権利の濫用」ですな。今のドイツだったら「ナチ礼賛」で有罪になるところだ(もっとも、戦前のドイツでは紛れもない「自国民=ドイツ人」はしっかりと優遇され、生活水準は大いに向上。だからナチスが国民に支持された。逆に、日本では自国民が政府や軍部に虐げられて貧乏が悪化の一途。戦時国債も敗戦で紙切れに。これこそ自虐だ)

「一夫一婦制」や「夫婦同姓」「専業主婦」など、これも日本の伝統でも何でもない。これらは、欧州のキリスト教的倫理観と家系制度から派生したもので、明治になって、「日本を欧州諸国と同じような社会にしたい」ので明治政府が定めたもの(法政大の創始者・フランス人法学者のボアソナードなどは、明治政府から「フランスの民法を直訳して日本用民法を作ってくれ」といわれてびっくり仰天したとのこと)。国民の殆どが農民であった日本では明治以前は、庶民のほとんどは苗字もないし、農家の嫁は働いているに決まってるでしょ。ちなみに「父系制血縁社会」が古代から確立してる中国や朝鮮では夫婦は絶対に別姓(子は父方の姓を継ぐ)。こちらは東洋だけど、日本とは全く違います。

さらには、やたらに「古来からの日本の国柄」なるものにこだわる方々こそ「万歳」を叫ぶのもやめてもらわないとおかしいですね。

「万歳」とは、欧州諸国で王を前に臣下が叫ぶ「Long live the King!」(英)や「Heil!(ハイル!=元気で!…くらいの意味/Schi Heil!=スキー万歳)」(独)、「ウラー」(露)、「Vive ~!」(仏・Vive la France!=フランス万歳!)などに相当する言葉を、天皇陛下を称えるために、明治時代に薩長土肥の藩閥政府が発明したもの。

そもそも、王様がみずから馬にまたがって戦場を駆けまわるヨーロッパと違って、日本において、畏れ多くも帝(みかど)が一般庶民の前に現れて、庶民が歓声をあげる、などという「伝統」があるはずもない。朝廷をないがしろにしていた武家のお殿様や家臣団なら別ですが(エイエイオーと勝ち鬨なら叫んでたか)。

「万歳」はまさに「欧米化した日本」を象徴する言葉です。「日本万歳」を叫びながら、自分が「古来からの日本の伝統を守っている、と疑いもなく信じる」状態。これを「マインド・コントロール」されていると言うのではありませんかね?(そんなに昔が好きなら、高級ブランド品で身を飾り立てるのをやめて日頃から和服で過ごせば?昭和20~30年代頃までなら和服姿の日本の政治家や有名人には結構多かったですよ。洋式の服装でカッコつけるの禁止。制服も燕尾服も勲章もブランド品もやめればいいですよね。もっとも、和服も時代や身分、職業によって違いますが。そういえば、韓国では儀仗兵が民族衣装を着てますな

なお、私自身は今の「近代化した日本」が大好きなので、「万歳」も「洋服」も遠慮なく使わせてもらってます。海外文化を寛容に取り入れつつ、日本風にアレンジしていくことこそ日本の伝統だと思ってますし、自衛隊の精神も「寛容と忍耐」ですしね。

近代以降の日本では、開放的な時代=明治・大正や戦後日本は「勝利の時代」で、「排外主義の時代」=尊王攘夷の幕末と軍国日本は「敗北の時代」です。見事にはっきりしてます。

明治になって欧米から緊急輸入された「借り物の伝統」を、権力側に都合の良い、好きなとこだけつまみ食いして(「鹿鳴館」のダンスなどはお気に召さなかったみたいですね)、疑いもなく「日本民族の伝統」と称して「主張」しているのを見ると、まさに「マインド・コントロール」されている人々の見本

(日本人は「東京裁判史観」に「マインド・コントロール」されていると「自分で」主張する方も最近多いですが、東京裁判が茶番だったのは当時のアメリカの報道機関ですら当然としていたこと。また、「日本が有罪か無罪か」などという時点で、「東京裁判史観の土俵」にのせられているのではないですか?問題は「負けたこと」そのものでしょうね。また、一時期はびこった「左翼のセンセイ」らの教条的意見なども知りませんね。最近、特に冷戦後はあまり聞かないので。もちろん、この件につき、学者や民間人が大いに議論することは全く自由でしょう。しかしながら、政治家が「東京裁判全否定」を主張するとなると、講和条約や国連加盟も全部白紙となって、ゼロからやり直しになる。そこまで考えて発言している政治家がいるんですかね?また、東京裁判で「取り引き」があったおかげで日本のNBC兵器の開発・使用が不問にされた経緯もある。そもそも、アメリカの占領だから茶番でも「裁判」らしきことをするが、これがソ連の占領だったら?旧東ドイツよりも悲惨な状況になったことは確実。日本の人口は半分くらいになってたかも。「国柄復活」どころじゃなかったでしょうな。「国柄復活」って、戦前の国体明徴運動か?あるいは、“アメリカ人のように”日本の一般国民も毎日国旗に敬礼させたいのか“基準はいつも米英”か?自称“保守論客”には“ミッション系”や“英米文学”に関係するか、誇らしげに「アメリカの大学」「アメリカの研究機関」の肩書を見せびらかす人が妙に目立つのだが、アメリカに本当に洗脳されてるのは一体誰でしょうかね?それとも、全く別に、表裏で別の顔と目的を持つどっかの国の支援を受けた工作員か?こうなると表向きの「愛国的な」主張と実際の目的は全く別の可能性もある特に最近は外国からの「対日要望」を国民には説明せずに、「国内改革」と称して強行する政策が多いですしね。本当に、“自ら政治的主張をすることが絶対にない”「英霊」や「天皇陛下」の名前を軽々しく口にして政治利用している連中には心底辟易する。「もの言わぬ死者」を都合よく利用するのは、墓地や”心霊”商売でトラブルを起こしている連中と同じレベルだ)

(なお、「英霊」の大半は「戦死」というより、補給と医療体制の不備、無謀な作戦、人命軽視による「病死」「餓死」が多数を占めること、空襲等で亡くなった一般民間人は含まれていないこと、さらに、生還した「傷病兵」も含まれないことなどにも留意する必要がある。「英霊を敬うのは当然」とテレビカメラの前で繰り返す政治家が「傷痍軍人」や「民間被災者」に言及したのを、殆ど聞いたことがない。これは生還した人は「政府批判」や「要求」をするから「邪魔」だと思っているからではないのか。人命軽視が日本以上だった旧ソ連では「わが国で最も有名な兵士は“無名兵士”だ」というジョークが流行っていたそうだが、これでは日本もソ連とさして変わらない。軽々しく「英霊」を口にする連中、特に政治家の本音は「死人に口なし」ではないのか)

(兵隊が、二言目には「死ぬ死ぬ死ぬ」って、究極のネガティブ思考ではないのか?そうじゃなくて、敵を打倒するのが仕事でしょ? そういう言い方は何か攻撃的で野蛮な気がするのかな? だったら最初から戦争には向いてない思考パターンということです。「見敵必殺」の米英とは大違いですな。自分が犠牲になることばかり考えるのは、まさに文字通り「自虐」です。それにだ、「自分が死んだ後」のことに責任も持たない・持てないわけでしょう?「玉砕の島」の「戦史」は日本側はそこで「終了」だが、米軍はそこで日本兵の遺体を片付け、さらにそこを自軍の基地にして、日本攻撃を強化したわけだが、「政治文学的感傷」にひたる連中はそこまで考えたこともないでしょ?「玉砕」の時点で「思考が停止」している)

だいたい、最近では、日本を「自己批判」や「反省」、「自己改革」「改善」することを「自虐」と言うらしいが、「滅私奉公(この場合の公とは、国家・国民でも天皇陛下でもなく、実質的には公務員集団・政府組織のことだ)「欲しがりません勝つまでは」とか「贅沢は敵だ」とか「一億玉砕」とか「国のために活躍」でなく「死ぬ」などという方が、本来の意味の「自虐」でしょう。いいかげん「官僚支配洗脳」から解放されて気づいたら?言うまでもないが、“軍人”も公務員・官僚の大集団ですしね。一般国民の場合、死んだら「ご奉公」どころか、税金も払えないし、国債を買うこともできませんよ。自虐史観も遠慮したいが、玉砕=自滅賛美史観などは全くお断りです。私は断固としてサバイバル=生き残ることに価値を置きますので。自虐上等、自滅や自爆よりマシ。裸の王様やサル山の傲慢大将はお呼びじゃない。アメリカの占領政策は確かに「日本弱体化計画」だったわけだが、現実には帝国日本よりも現代日本の方が、国際的に見て、経済力や国家の各種インフラも技術力も防衛力・防衛装備品も民間活力も「強い」のではありませんか?はっきりいって、現代日本こそわが国の歴史上「史上最強」です!「資本の論理」が社会を貫く一方で妙に神がかり的なところがあるのがアメリカですが、日本で言えば、戦前の社会こそアメリカに近い。むしろ、戦後社会の方が、欧州的あるいは本来の日本的な調和型社会です。また、日本改革を担当した米軍関係者には、女性の地位向上など「米本国でも実現していない理想を日本で実現したい」というような人もいたし、占領する側の英国などは、むしろ国内改革が進まなかったから、戦後は経済が低迷しました。「アメリカは日本弱体化のためにあらゆることをした」という議論があり、ま、占領中は確かにそうした側面もあったでしょうが、「農地解放」や「財閥解体」も「日本弱体化」なんですかねえ?これにより、日本人一体感は一気に高まり、それまで貧富や階級で分断されていた日本国民が、復興に向けて団結したようにしか思えませんが。それに「大英帝国」解体の方は誰の「陰謀」なんですかねえ?強いて言えばアメリカでしょうが。・・・アメリカの対外行動原理は極めて単純でしてね、「ビジネス活動の邪魔になるものは排除する」。これだけ。相手が同盟国か適性国か、あんまり関係ない。同盟国でも市場に参入できない「閉鎖的な帝国」=大英だろうが大日本だろうが満州だろうがソ連だろうが=は、全部つぶしにかかるのがアメリカですな。アメリカ以外の国が、自国経済を引っ掻き回されないために注意すべきはこの点でしょう)

都合よく、日本を「普通の国」=「グローバル・スタンダード」にしようとしたり、「2千年の伝統を持つ特別な国」にしたり(2千年もあれば伝統も当然多種多様ですよ)、日本国民を「陛下の臣民」にしたり「(歴史的には公家を権力から追い出した)サムライ」にしたり、行ったり来たり。

まるで「世界的大国」と「巨大な発展途上国」を都合よく使い分ける某巨大な隣国の独裁政党みたい。戦前の日本というよりも、むしろこの某隣国の方々を見ているようです(そういえば「北」では「マンセー!」が日常的に使われているようだし)。

”一億総懺悔”じゃないが、第2次大戦で敗北した時に、日本人全体で「何がいけなかったのか」を考えて再出発したから、現代日本があるのです。

(一億総懺悔の直前、敗戦までは「本土決戦で一億玉砕」と軍部がわめいていたわけだが、これを、アメリカ側は「日本人の集団自殺に米兵を付き合わせて犠牲を増やす必要などはない」とばかりに都市の無差別爆撃や原爆投下、対日毒ガス攻撃準備の正当化に使っている。そもそも、わが方の防空部隊が米軍機を撃墜していれば本土空襲の被害はもっと少なかったはず。当時の本土防空体制は、実はかなりシステム化され見るべき点があるのだが、なにもかも「本土決戦用に取り置き」して、民間の犠牲も顧みずに戦力を出し惜しみしていたのが当時の軍部官僚・軍閥の連中。戦争を始めた時も終わる時も、ピントがズレた無責任官僚集団と言わざるを得ない)

ひたすら「敗戦の言い訳」「負け惜しみ」「責任転嫁」を言いつのっている集団は、相手が誰であれ、間違いなく同様の「敗戦」をワンパターンに繰り返して世界に恥を晒し、構成員の末路も全く同様なものになるでしょうな。これ絶対確実。

(自称右翼の傲慢天下り官僚が理事をやっていた公益法人が、50周年を目前にみごとに“倒産”したのを私は直接見ました。この天下り経営陣の言動は、傲慢・トンチンカン・アナクロ(時代錯誤)・行き当たりばったり・不適材不適所・情実人事・無計画・無駄遣い・素人考え・幼稚・集団ヒステリー・グループシンク(集団浅慮)・「社内秩序」維持と称する恐怖政治・パワハラによる脅迫・仕事の段取り能力ゼロ・極端なセクショナリズムetc…などなどのオンパレードで、傲慢と卑屈を繰り返す、絵に描いたような無能。「算数できないの?」と聞きたくなるほどのレベル。威張り散らして自社の立場も理解できずにあちこちに失礼な「通達」や「命令」を発出して無視されるばかり。皮肉なことに、最初から最後まで迷走していた”左寄り”のHKN内閣の政府とソックリでしたね。業務停止になったのはM党政権が出来る前でしたが)

(日本以外でも、アメリカでは「ベトナムでは負けてない」と主張する連中がアフガンやイラクで再度泥沼にはまり、ロシアでは「冷戦でもアフガンでも負けたわけじゃない」という連中がウクライナなどで混乱を引き起こしています。日本の一部政治家は、アメリカの「泥沼グセ」にお付き合いするのが好きなようです。今年はWWⅠ勃発100周年ですが、WWⅠで「負けてない」と言いつのり、ユダヤ人など特定集団を憎悪の対象にして、WWⅡで、再度ドイツと世界を破滅に引き込んだのがナチス。日本では、まるでハリウッドの3流戦争映画かプロパガンダ映画でも見てるみたいにナチのファンになってる政治家や評論家がいまだにいるようですな。いやはや。オタクらがどれほど“貿易国家”日本のイメージを悪化させ、国益を損ねているか解ってるのか?)

当然ながら、こういう方々が今後、わが国の一般国民の広範な共感を真に得ることはまずないでしょう。

「関わりたくない連中」、とは昔も今も強く思われているでしょうが。

※敗戦に関連する日本人の心象について考えるなら、まずこの本。

堕落論

続堕落論

※逆に全く何の参考にもなりそうにないのがこちら。戦後無軌道青年「太陽族」の生みの親が何を今更「愛国心」なのか。最近、特に多いが、「ゼロ戦(零戦だろ)」と「戦艦大和」しか知らず、冷戦時代(中国はかつては「反日」より「反米帝」、韓国も「反共」だったのだが。国内外ともに最近急に愛国心に目覚めた方々はご存知ないようだ)のこともろくに知らないような、時流にまたがっただけの「なんちゃって愛国者」は百害あって一利なし。    

    新・堕落論―我欲と天罰 (新潮新書) 太陽の季節 (1956年)

サヨクは嫌いですが(封建制と専政制の違いも意味もよくわかってないだろ?労働者代表気取りの実はオボッチャマ。エリート意識と権力欲が透けて見えて庶民はしらけているよ)、ウヨクはもっと嫌いです(皇帝と王様の違いもよく分からんだろ?英語でエンペラーを名乗れるのは今現在世界で日本の陛下だけだが、「日本は単一民族の単一国家」となるとただのキングになってしまうのよ。解ってるか?それに、本音は「オレ様が国家なり」だろ?敗戦の言い訳をいつまでも持ちだして、平和のために世界中を巡幸されている陛下に迷惑をかけるのはどうなのかね?菊の御紋章を私的に勝手に使って皇族方にああしろこうしろと要求ばかりするとは畏れ多くないかね?宮内庁に許可とってるの?戦前ならこれだけで不敬罪。皇室はオタクらの着せ替え人形じゃないんだよ。さらに、現代においては、わが国で最も高名な護憲派は「天皇皇后両陛下」です。ちなみに、自称「保守論客」のほとんどは実は「英米かぶれ・クリスチャンかぶれ」ばっかり。心は未だ冷戦中な上、キリスト教原理主義もどきだというおかしさですわ)。

はっきりいいまして、戦争に負けるまでの日本は、全体主義の一種でしたが、軍事最優先の軍国「主義」にすらなっておらず、軍部官僚や右翼勢力が統制した軍国「趣味」のレベルの国。真珠湾の復讐の熱意で、「軍国ビジネス」を推し進めたアメリカに片手てノックアウトされた、が真相です。

最近のなんちゃってウヨクもまた、見るからに趣味のレベルのアマチュア。12歳というか中2病というか。

冷戦中にスイス政府が発行した「民間防衛」にあったように、旗の色が違うだけの左右の全体主義者から自由な社会を守りたいものです。

アメリカとか、スイスとか、やっぱり「プロ」の感じがします。

民間防衛―あらゆる危険から身をまもる

※ちなみに、この本は、「災害時に必要な物リスト」が非常に体系的で詳しいので、その面だけでも参考になります。

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