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2015年1月18日 (日)

チャーリー・ブラウンはどう思うのかな?

Good Grief, It's Your Birthday!: Growing Up Without Growing Old (Peanuts)

(ご紹介のチャーリー・ブラウンの本の内容と、この記事の内容は関係ありません)

世界を再び「対テロ戦争」に巻き込みそうな、フランスで起きた「シャルリー・エブド襲撃事件」。

襲われた週刊新聞「シャルリー・エブド」の「シャルリー=Charlie」は英語読みでは「チャーリー」。「ピーナッツ(スヌーピー)」シリーズの「チャーリー・ブラウン」からとったそうで、エブドは週刊の意味なので、紙名はさしずめ「週刊チャーリー」といったところ。

風刺画がいくら不愉快であっても、それに対する反論も言論ですべきで、テロ行為が許されないのは当然のことです。また、表現の自由といっても、(特に信仰の問題に関しては)良識が必要でしょう。と、いっても、その線引きは非常に難しい。

「良識」について、国家権力や暴力をちらつかせる集団がそれを決めたのでは、単なる「検閲」や「脅迫」。一方、メディアの方が「自主規制」ばっかりやっていたのでは、「報道」ではなくて、「広報・宣伝」にすぎない。それだったら取材先に記者でなくて営業を派遣して、有料で「広告」をもらったほうがマシでしょう。

悩ましい問題です。名前のネタ元のチャーリー・ブラウンの繊細な神経では耐えられないかもしれません。

ちなみに、「ピーナッツ」シリーズも新聞に連載されていたマンガで、著者のチャールズ・M ・シュルツ氏は第2次大戦で欧州戦線に従軍経験のある「戦中派」の人でした。

チャーリー・ブラウンなぜなんだい?―ともだちがおもい病気になったとき スヌーピーの50年  世界中が愛したコミック『ピーナッツ』 (朝日文庫)

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もっとも、「悩ましい問題」だというのも、「自由」を守りたいと思う人々の話であって、パリで「表現の自由を守れ」と世界中の首脳が大行進している時に、休暇をとってゴルフと食事を側近とお楽しみの、どっかの国のソーリ殿やそのお友達にはどうでもいい話のようです。

「私が最高責任者だから、私が決める」(だったら、何事も法改正すら必要ないってこと?)、「政府は国民の政府だから、政府の意思は国民の意志で、制約をかける必要はない。政府を縛るのは王権時代の考え方」(「国民」を「人民」に入れ替えたら、まるで「共産革命宣言」。それに王権時代って具体的にどこの国のいつの時代???)などと、まるで日本国の政府が「革命人民政府」にでもなったかのような論理を振り回し、「法の支配」とは対極にある考え方なのだから、呆れてしまいます(「天皇元首制」を主張してるから、自分の考え方が「左翼的人民政府」そのものだと気づいてすらいない。どっかのヒョーロンカの言い分を聞きかじって、そのままつぎはぎに受け売りするからこうなる)。

例の「改正草案」なるものでも、「天賦人権論は西洋の思想」で「権利には義務が伴うから(コレ自体も西洋の考えでは?)」、「基本的人権」も「あったりなかったり」するそうで、すると、赤ちゃんや老人、病人、税金を払えない人に外国人にと「人権のない人」がどんどん拡大してとんでもないことになりそうですが、要するに「基本的人権」と「市民権」の区別がついていない(あるいは、自分だけは「一般人と別」とでも思い上がって、あえてつけていない)。「市民」ときくと「市民運動家」ばかり連想して「国民」以外の用語を使いたくないので、こうした基本的に幼稚な間違いを犯す(日本では「市民」が”市民権”を得ていないというなら(笑)、「公民」という馴染みの語もある。それすら思いつかないのか?)。これも「市民」がなくて「人民」の語だけで考える人たちと同じですな。

こんな調子で「地球儀を見ながら」、「民主主義と法の支配という共通の価値観を持つ国々と連帯したい」なんて言っても、誰も本気では信用しないでしょうね。

わがソーリ殿には、「日本の戦後史」(ほとんど自民党の歴史そのものと重なるはずですが)に文句をつけるより、世界史のフランス革命に始まる「近代民族国家の歴史」全般を「学習」し直すことをオススメしたいですな。

山川 詳説世界史図録 山川ビジュアル版日本史図録

ちなみに、フランスというのは、わが国の一部の人が大好きな「中央集権」と「治安組織」が非常に強力な体制で、憲法もコロコロ変わっていますが、それも、あくまで革命以来の「自由・平等・友愛」の「人権宣言」精神を土台にしたもの。「自由」も「個人」も尊重しませんと主張する方が、こんな体制をマネたら、ただの「権力亡者」「国家の私物化」にすぎない。遠慮してください。

再度、ちなみに、戦争中の日本の同盟国だったドイツに、今行って、向こうで少しでも「戦争中の美化」をすると「逮捕」されかねません。店でボーイさんを呼ぶのにも片手を上げると「ナチス式敬礼」をした疑いで逮捕されるのだとか。挙手をするにもひとさし指など(もちろん中指はダメ)たててないとダメだそうです。軍の名前も「国防軍(ヴェーア・マハト=防衛・力)」から「連邦軍(ブンデス・ヴェーア=連邦・防衛。「マハト=力」の語をあえて使ってない)」に変わってます。スキン・ヘッドもダメ。向こうにもドイツなりの厳しい事情があるようです。

なお、今のドイツも(アメリカもですが)、人権を尊重する基本法(憲法)の基本部分は改定できないことになっている。日本の一部の「草案」のごとき、まっさきに「(政府都合の「秩序」のために)国民の人権を制限」したいと主張する考えなど全く問題外です。「人民の国」のはずの某隣国はどうか知りませんが。

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