法律の世界史を知るのに面白い本「法の歴史大図鑑 世界を知る新しい教科書」(河出書房新社 4980円+税)という図鑑がでていました。
古代から中世、近代、現代まで世界の法律の態様と発展の様子が紹介されていて、世界の主要な法体系の発展がわかりやすくまとめられていてるので、世界の法制史を俯瞰するのに非常に適している気がします。
「法の歴史大図鑑 世界を知る新しい教科書 ポール・ミッチェル」
*【「法」を知るための画期的な図鑑、誕生!】社会を生きる私たちに必須の「法」が分かりやすい入門図鑑に。『法の歴史大図鑑』、10月17日発売。(PR TIMES/河出書房新社 2024.10/9)
日本人にとって興味深いことに、日本の事例も載っているのですが、それは「法の支配の台頭」の章の明治天皇の「五箇条の御誓文」。日本におけるアジア初の立憲政治とか議会政治はこの御誓文からはじまっていて、開明君主としての明治天皇の功績としてアメリカなど海外の教科書にのっているのもこれです。一部の懐古趣味の方々が好きな「教育勅語」の方じゃありません。
後者の方は、結局のところ人治主義であるところの儒教政治の教えなのであって、なにか「いいこと」がいくら書いてあっても、(人治を旨とするなら建前上当然「人としての徳目」が並ぶでしょう。ただし、これは国を治める権力側から見て都合の良い内容だけ。当然でしょう。そもそも単に「いいこと」なら大概の宗教書や古典には必ず書いてある。そのどれかを特別に国が採用して暗記を強制するなど、思想統制の最たるものです。ちなみに日本の一部の方も大好きな、団結と愛国がやたらに強調されるのが実は「アメリカ」。しかし、同時に連邦政府を暴走させないための市民の武装・抵抗権も保障されていて、それが銃の所持の権利。ガン・コントロールが簡単でないのはこういう理由です。アメリカは自由の国というより、団結と抵抗の国。この国のマネなんて日本人には無理でしょうね。ちなみに、大富豪が世界一多いのもアメリカだが、労組が世界一強い国もアメリカです。United Statesの国民・市民・職業人はUnionも大好きです)、立憲政治を(法の支配どころか単純な法治主義ですら)根本から破壊してしまう内容で、実際にそうなり、明治憲法の制度上の不備(内閣の規定もないし軍の統帥権が別立てだし国家は無答責。もっとも19世紀の政治制度はどこの国もそんなもの)も相まって大日本帝国の政治制度は機能不全に陥って、軍部官僚が国を乗っ取り(議会が大政翼賛会になり、臨時軍事費が無制限に支出できるようになって)、世界を敵に回して大戦争をやった挙げ句に破滅してしまいました(おかげで終戦直後はハイパーインフレになり、戦時国債は紙切れに)。
(※この敗戦によっても、他の敗戦を経験した国の皇帝や王家と違って、我が国の天皇は生き残り、今でも世界唯一の「エンペラー」なわけですが、そうは言っても海外のお金持ちな王族と違って、その財産は全て国会の管理下にあり、制度上、憲法8条と88条によって皇族が自分で自由にできるお金は原則1円もないのです。ご苦労様なことです。また事実上国に召し上げられた皇族や旧華族の土地が払い下げられて建っているのがプリンスホテル)
そもそも、儒教倫理そのままの教育勅語が好きだというのでは、「同志国」は「自由と民主主義と法の支配」を信ずる欧米ではなく、「東洋独自の政治文化」なるものを振り回す大陸中国になってしまいます(そのお隣の国で建前上採用されている共産主義は西欧発祥だし、国歌は西洋式マーチ、国号に使われている「人民」も「共和国」も、また、「共産」も「主義」も、明治の日本製漢語ですがね)。
明治維新を推進した武士たちはもともと朱子学などの教育を受けて育った攘夷派が主流。それが西欧列強の軍事力を目の当たりにして開国と欧米化に舵を切っただけだったので、制度は西洋式・心は儒教式になり、これでも19世紀当時は欧州でも君主国がたくさんあったから矛盾をあまり感じなかったのでしょうが、制度をうわべだけ真似るというのはもともと無理のある話だし、和魂洋才といっても、儒教は和魂じゃなくて中華魂ですしね。
あるいは、「教育勅語」制定当時の趣旨としては、いまだ「お殿様の家来・領民」意識の強い明治初期の全国の国民に「日本で唯一人の天子様の臣民」=「日本国民」だとの意識を植え付けたかったのかもしれません。これは軍隊も同様で「各藩の藩兵」が「天皇の軍隊」になったから「国軍」だという理屈だったようです。しかし、明治から大正・昭和ともなると世代も変わって「藩」意識は当初の目論見通り消えていきましたが、かわりに、なにかにつけ丸暗記式のエリートや国家主義者らが、天皇VS大名ではなく、天皇VS国民のごとく勘違いした解釈・思想を主張し始めて、また排外思想も強まり、一方では労働運動も激化して、左右の思想が激突して、今風に言えば社会は分断していました。
こういう状況で、やたらに政府や軍部から暗記を強制されてばかりで、つまるところは「天皇への忠誠のためなら法律も何も一切関係ない」ことばかりが強調されるに至った「教育勅語」が、戦後すぐに国会の全会一致で「廃止」決議されたのは当然の成り行きでしょう。ベトナム戦争帰還兵の「ランボー」同様「信じて戦って、無償の勤労奉仕もさんざんやったのに勝てなかった」。当時の国民自身がうんざりしていたということです。
NHKの朝ドラ「虎に翼」でも話題になった、戦後の新憲法下で違憲判決が出て刑法から削除された「尊属殺重罰規定」も、実のところ「道徳・倫理」が淵源ではなく、儒教の皇帝=親、臣民=子の思想が家庭に応用されて、親=皇帝、子=臣民だから、親殺しは国家反逆と同じ=刑罰は死刑か無期懲役のみで減刑なし、という理屈。こういう思想は、法の下の平等とは対極の考えでしょう。しかも、現実には、皮肉なことに肉親同士で相争う代表的事例といえば皇帝とか殿様とかも含むところの「王族」たちの権力争い。「道徳」などおよそ関係のない話ですね。
このほか、本書では1980年代以降顕著になってきた、いろいろな新しい権利(人権)に関する法律も紹介されていますが、人権といっても、だいたい20世紀末くらいまではどこの国でも(たとえ先進国であっても)、「国家権力(王様とか独裁者、行政機関)が国民の身体を勝手に拘束しないで、裁判を公正に行う(人身保護)」や「公的な言論の自由」ぐらいの話で、環境問題とか婚姻とかイジメとか、民間人同士の話なども人権問題と認識されて法制度に結びつき出したのはつい最近のこと。問題も複雑になってきたので、論点を整理・確認しておくにもこういう本は便利だと思います。
*以下にも参加しています。
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